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性空上人坐像頭部に遺骨 書写山円教寺の開祖


http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0001341147.shtml

 「西の比叡山」と称される姫路市の書写山円教寺の開祖・性空(九一〇-一〇〇七)をかたどった木像「性空上人坐像」(十三世紀末)の頭部に、人骨が入ったガラス製のつぼが納められていることが分かり、調査にあたった奈良国立博物館が十五日発表した。像のエックス線撮影で判明したもので、科学的調査で納骨が確認された像としては国内最古級。鮮明に写った陰影は性空の遺骨とみられ、千年の時を超えた発見に関係者からは驚きと喜びの声が広がっている。

 博物館によると、遺骨を像に納める事例は、鎌倉時代には少なくないが、平安時代では滋賀県大津市にある園城寺の智証大師坐像(国宝)が知られる程度。今回のつぼはそれに次ぐ古さという。

 像はヒノキの寄せ木造りで高さ八九・五センチ。リンゴに似た形のつぼは直径約十一センチ、高さ約十センチで、木箱にぴったり納まるように入っていた。舶来物らしく、これほど大型のガラス製品は当時では相当な貴重品という。栓は木製とみられる。

 性空の生年には諸説あるが、地方官吏を経て出家し、十世紀半ばに円教寺を開いた。同寺の記録によると、没後まもなく遺骨を入れた像がつくられたが、一二八六年に火災で焼失。その二年後、再興の際に焼け残ったつぼを入れ直したと記されており、今回の調査で記録が裏付けられた。

 つぼの中の骨は、数センチの棒状のものと砕いた粉末状で、博物館の岩田茂樹・学芸部長補佐(49)は「文化財としての価値は計り知れない」と話す。

 性空上人坐像は、奈良国立博物館で九月二十八日まで開催中の特別展「西国三十三所 観音霊場の祈りと美」で展示されている。(霍見真一郎)

根立研介・京都大教授(日本彫刻史)の話

 肖像彫刻に遺骨を納める習慣が、平安時代から広まっていた可能性を示唆する発見。頭部に納められているのも珍しい。文書による裏付けもあり、日本の肖像彫刻の歴史を考える上で、重要な手がかりとなるだろう。

(8/15 21:16)
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